ADHDの集中に静かな部屋が逆効果になることがあります|音楽と集中力の脳科学
図書館のような静かな場所に行けば集中できるはずだと思って出かけて、結局2時間ほとんど進まなかった。
そんな日があります。
ホワイトノイズを流したときにだけ課題の成績が上がった人たちと、同じ音で成績が下がった人たちを比べた研究があります。分けたのは、その人がADHD傾向を持っているかどうかでした。
集中の話は「量」で語られがちですが、実際には人によって最適な条件が違います。この記事では、その個人差がどこから来るのかを研究をたどりながら整理します。

やる気はあるのに机の前で止まってしまう時間のこと
やろうと思っている。やらなければいけないことも分かっている。それでも体が動かない。
この状態を「怠けている」と説明されると、話がそこで止まってしまいます。
実際にはこの時間に脳の中で何かが起きています。そしてそれは、意志の強さとは別の軸で測れるものです。
まずは、よく混同されている2つの状態を分けるところから始めます。
「集中できない」と「集中が続かない」は同じ話なのか
検索されている言葉を見ると、この2つはきれいに分かれています。
「集中できない」は入り口の問題で、「集中が続かない」は持続の問題です。
入り口でつまずくとき、多くの場合その課題には「すぐに返ってくるもの」がありません。3時間後に終わる資料づくりは、3時間後まで何も返ってきません。
持続でつまずくときは、入り口を越えて動き出したあとに別の刺激が割り込みます。通知、思いつき、体の違和感といったものです。

この2つは対策が変わります。入り口の問題には報酬までの距離を縮める工夫が効き、持続の問題には割り込みを減らす工夫が効きます。
自分がどちらでつまずいているのかを知らないまま対策を選ぶと、効かない方法を試し続けることになります。
脳の中で何が足りていないと言われているのか
2009年、Volkow らは非投薬の成人ADHD53名と対照群44名を対象に、PET(陽電子放出断層撮影)でドーパミン系の指標を測定しました。
参照: Volkow, N. D., et al. (2009). Evaluating dopamine reward pathway in ADHD: clinical implications. JAMA, 302(10), 1084-1091.
報酬・意欲に関わる領域で、ドーパミントランスポーターとD2/D3受容体の指標がいずれも低いという結果でした。
そしてその指標が低い人ほど、不注意の症状が強いという相関が見られています。

ここで注意しておきたいことがあります。この研究が示しているのは相関であって、ドーパミンが足りないから集中できないという単純な因果ではありません。
もうひとつ、動き出しにくさを説明する考え方があります。
Sonuga-Barke は2002年に、ADHDを実行機能の側面と動機づけの側面の2つの経路から捉えるモデルを提案しました。後者の中心にあるのが「遅延嫌悪」という概念です。
参照: Sonuga-Barke, E. J. S. (2002). Psychological heterogeneity in AD/HD—a dual pathway model of behaviour and cognition. Behavioural Brain Research, 130(1-2), 29-36.
待つこと自体が不快で、その不快から逃げるように別の行動が出てしまう。この見方に立つと、締切の直前になって急に動けるようになる現象にも説明がつきます。報酬までの距離が、そこで初めて縮むからです。
音楽をかけると進む人と余計に散る人がいるのはなぜか
冒頭の研究に戻ります。
2007年、Söderlund らは聴覚的なホワイトノイズを流した状態で記憶課題の成績を測りました。
参照: Söderlund, G., Sikström, S., & Smart, A. (2007). Listen to the noise: noise is beneficial for cognitive performance in ADHD. Journal of Child Psychology and Psychiatry, 48(8), 840-847.
結果は群によって逆向きでした。
- ADHD群では、ノイズが成績を上げた
- 対照群では、同じノイズが成績を下げた

著者らはこれを、確率共鳴(stochastic resonance)という現象と、それを土台にした中程度脳覚醒モデル(Moderate Brain Arousal model)で説明しています。
弱い信号にちょうどよい量のノイズを加えると、かえって信号を検出しやすくなるという考え方です。最適なノイズ量がドーパミン水準によって変わるとすれば、同じ静けさが、ある人には足りず、ある人には十分ということになります。
静かな図書館で進まなかった日は、その環境が自分の最適点から外れていただけかもしれません。
ここは正確に書いておきます。
この研究で使われたのは80dB程度のホワイトノイズであって、歌詞のある音楽ではありません。歌詞は言語処理を占有するため、ノイズと同じ働きをするとは限りません。音楽で試すなら、まずは歌詞のない音や環境音から始めるほうが研究の内容には近くなります。
また、後年の研究では確率共鳴による説明そのものに異論も出ています。誰にでも効く方法として扱うことはできません。
自分に合う音量と種類は、結局のところ試して確かめることになります。
サプリと薬の話をどこまで信じてよいか
検索では「集中力 サプリ」「集中力 薬」も上位に並びます。ここは慎重に書きます。
厚生労働省のeJIM(統合医療情報発信サイト)は、ADHDに対する補完療法について次のようにまとめています。
参照: 厚生労働省eJIM 小児と10代における注意欠如・多動症(ADHD)に対する補完療法について知っておくべき9つのこと
- オメガ3系脂肪酸は、現時点でのエビデンスは結論が出ていない
- ピクノジェノール、イチョウ葉、鍼治療は、結論を出すに十分なエビデンスがない
- 瞑想については明らかにされていない
- ニューロフィードバックのエビデンスはまちまち
- セントジョーンズワートは、プラセボより有用ではないことが示唆されている
- メラトニンは有用かもしれないが、エビデンスは限定的
- ヨガと有酸素運動には、わずかから中等度の有益な効果がある
サプリメントで集中力が上がると言い切れる根拠は、現時点では揃っていません。
瞑想についても同様です。ZONEは脳波計測を扱っていますが、瞑想がADHDの症状に効くという主張はしません。eJIMがそう書いていない以上、こちらもそう書きません。
比較的よい評価がついているのは、ヨガと有酸素運動です。体を動かすことは、少なくとも現時点で最も分の悪くない選択肢と言えます。
そして薬については、ここで判断材料を出すことはしません。診断と処方は医療の領域です。困っている状態が続いているなら、医療機関で相談してください。
趣味が飽きることと集中が続かないことはつながっている
「趣味が続かない」「すぐ飽きる」も、よく検索されている言葉です。
一見別の悩みに見えますが、構造は同じです。
始めたばかりの趣味は上達が速く、手応えがすぐ返ってきます。しばらく続けると上達が緩やかになり、返ってくるものが減っていきます。
返ってくるものが減った時点で動けなくなる。これは仕事の資料づくりで起きていることと同じです。

ここから導けるのは、飽きない趣味を探すよりも、手応えが返ってくる間隔が短い趣味を選ぶという考え方です。
このテーマは別のコラムで詳しく扱っています。
自分の集中をデータで見るという選択肢
ここまでの話には共通点があります。
集中しやすい条件が人によって違うのなら、自分の条件は自分で確かめるしかありません。
静かな部屋と音のある部屋のどちらで進むのか。朝と夜のどちらが動き出しやすいのか。こうしたことは、体感だけでは思い込みと区別がつきません。

ZONEでは簡易脳波計を使って、その時間に何が起きていたのかを波形として見ています。
これは診断ではありませんし、治療でもありません。自分の集中がどう動いたかという記録です。
思っていたより集中していた時間や、集中していたつもりで散っていた時間が見えると、次に試す条件を選びやすくなります。
静かな場所で進まなかった日を、自分の集中力のなさとして片付けなくて大丈夫です。
その環境が自分に合っていたのかどうかは、まだ確かめていないだけです。
参考文献
- Volkow, N. D., Wang, G. J., Kollins, S. H., Wigal, T. L., Newcorn, J. H., Telang, F., et al. (2009). Evaluating dopamine reward pathway in ADHD: clinical implications. JAMA, 302(10), 1084-1091.
- Söderlund, G., Sikström, S., & Smart, A. (2007). Listen to the noise: noise is beneficial for cognitive performance in ADHD. Journal of Child Psychology and Psychiatry, 48(8), 840-847.
- Sonuga-Barke, E. J. S. (2002). Psychological heterogeneity in AD/HD—a dual pathway model of behaviour and cognition. Behavioural Brain Research, 130(1-2), 29-36.
- 厚生労働省eJIM. 小児と10代における注意欠如・多動症(ADHD)に対する補完療法について知っておくべき9つのこと
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