今週の脳科学ニュース【2026年10月第2週】VRだけで神秘体験に届く人がいた
今週は「脳の状態は、外から何を入れるかで変わる」という報告が並びました。VRの映像だけで神秘体験に届いた若者たち。おなかの細菌から読み取れる脳の老化。週1回のサルサが若者のうつ症状を軽くしたという試験。そして、ドーパミンが「食べすぎのブレーキ」にも関わっていたこと。読売新聞の連載「依存症と向き合う」が取り上げたドパガキとオンラインオリパの現場もあわせて紹介します。
🌟 VRの森の映像だけで、2割前後の若者が「神秘体験」に届いた

出典:PsyPost
2026年10月4日、カナダのウェスタン大学の研究チームが『Psychology of Consciousness: Theory, Research, and Practice』に発表した研究を PsyPost が紹介しました。VRヘッドセットで自然の映像を体験しただけで、幻覚剤なしに神秘体験の基準を満たす人が現れたという内容です。
▶︎ 研究を率いたのは ポール・フルーエン教授 のチームで、参加したのは 80人の若者 です。
使ったのは、森や海辺を歩けるVRソフト 「Nature Treks」 。同じ映像を VRヘッドセット で見るグループと、ふつうのパソコン画面 で見るグループに分け、さらに 空想的なイメージを語る音声 か 呼吸に集中する瞑想の音声 のどちらかを聞いてもらいました。
▶︎ 神秘体験は、一体感・時空を超えた感覚・満ち足りた気分・言葉にできない感じ の4つの項目で測り、すべてで 60%以上 に届いた人を「完全な神秘体験」と数えています。
結果、VRヘッドセットでは イメージ音声のグループの28%、瞑想音声のグループの18% が基準に届きました。パソコン画面で見たグループでは、基準に届いた人は一人もいませんでした。
▶︎ VRの参加者は 畏敬の念 (awe、自分より大きなものに触れたときの圧倒される感覚)や 穏やかさ 、美しさ をはっきり強く感じていました。
チームは同時に 脳波 (EEG)と心拍も記録しています。VRの間は シータ波からガンマ波まで、すべての帯域で脳波が強まり 、心拍は上がって 心拍変動 (心拍のゆらぎ、リラックスの目安)は下がっていました。
▶︎ ただし、研究チーム自身が 頭を動かすことで脳波の記録に雑音が混じった可能性 を認めています。感じた内容もアンケートによる自己申告です。
それでも、どこまで没入できるか が体験の深さを左右しているかもしれません。「場所が変わったように感じること」そのものが、意識の状態を動かす入り口になっている可能性があります。
🧠 おなかの細菌から「脳の老化の早さ」が見えてくる

出典:ScienceDaily
2026年10月1日、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の研究チームが『eBioMedicine』に、腸内細菌とそれがつくる物質が、脳の老化の早さと結びついていたという研究を発表しました。対象は 3つのグループの成人およそ1500人 です。
▶︎ 中心になったのは、UCLAヘルスのマイクロバイオーム研究センターで共同所長を務める アルパナ・チャーチ博士 です。
チームは、安静にしているときの 脳の領域どうしのつながり方 をMRIで測り、そこからコンピューターのモデルで 「脳の年齢」 を推定しました。実年齢とのズレを 脳老化指数 (BAI)として数値にしています。
▶︎ 脳老化指数が高い人、つまり 実年齢より脳が老けて見える人ほど、作業記憶や計画を立てる力のテストの成績が低く、うつの症状も多い という結果でした。
あるグループでは便のサンプルも調べ、特定の腸内細菌や、脂質・コレステロールに関わる物質 が脳の老化の早さと結びついていることがわかりました。ホルモンの一種 エステトロール が少ない人ほど、老化が早い傾向も見えています。
▶︎ チャーチ博士は 「脳の老化は、年をとってから急に始まるわけではありません。その生物学的なサインは、何十年も前から読み取れるかもしれません」 と述べています。
ただし、今回わかったのは 結びつき までで、腸内細菌が脳の老化を引き起こしているかどうかは、まだ確かめられていません。おなかの状態が、脳の健康を早めに知らせる手がかりになるかもしれない。 研究チームはそう見ています。
🧠 ドーパミンとインスリンが手を組んで「食べすぎ」にブレーキをかけていた

出典:PsyPost
2026年10月5日、韓国の高麗大学を中心とする研究チームが『Molecular Psychiatry』に発表した研究を PsyPost が紹介しました。ドーパミンとインスリンの受け取り口が同じ神経細胞の上で協力し、やめられない食べ方を抑えていたことを、マウスで突き止めています。
▶︎ 研究を率いたのは ペク・ジャヒョン教授 (Ja-Hyun Baik)と キム・ボギョン氏 です。
注目したのは、感情の中枢である 扁桃体 の中心部にある神経細胞です。ここで ドーパミンD2受容体 (ドーパミンを受け取るアンテナの一種)を持つ細胞の 約60% が、インスリン受容体 も持っていました。
▶︎ D2受容体を取り除くと、インスリン受容体も 半分以下 に減りました。そのマウスは、1時間だけ餌が出る時間に 1日のカロリーの約64% を一気に食べる、むちゃ食いのような食べ方を見せています。
電気ショックという罰があっても、高脂肪・高糖分の餌を求めてレバーを押し続ける 様子も確かめられました。
▶︎ 逆に、インスリン受容体の働きを止めると、D2受容体を動かしても食欲が抑えられなくなりました。ドーパミンは「欲しくさせる」だけでなく、インスリンと組んで「止める」側にも回っていました。
ただし、研究チームは 「動物の摂食モデルは、人の摂食障害をそのまま再現するものではありません」 と断っています。人の過食には、ストレスや気分といった心の引き金も複雑にからんでいます。
🧘 週1回のサルサで、若者のうつ症状が軽くなった

出典:PsyPost
2026年10月6日、英国オックスフォード大学の研究チームが『Psychological Medicine』に発表した ランダム化比較試験 (参加者をくじ引きで分けて効果を比べる方法)を PsyPost が紹介しました。週1回のサルサ教室に8週間通った若者で、うつ症状がはっきり軽くなったという結果です。
▶︎ 研究を行ったのは ブレナン・デラットル氏 、キャサリン・ハーマー教授 、スザンナ・マーフィー氏 らのチームです。
対象は、軽度からやや重いうつ症状のある 18〜24歳 。最終的に 93人 (サルサ組 49人 、順番待ち組 44人 )を分析しました。
▶︎ うつ症状の尺度 PHQ-9 で、サルサ組は 約3点 下がり、順番待ち組の変化は 1点未満 でした。2つのグループの差は2.5点で、臨床的に意味があるとされる目安を超えています。
人前での不安もサルサ組では少しずつ下がり、毎日の幸福感の上がり方 も大きくなりました。
▶︎ 研究チームは 「サルサが特効薬だというわけではありません。体を動かし、人と関わり、心から楽しめることをするのが、確かな違いを生むのです」 と話しています。
一方で、サルサ組は途中でやめた人が多く(66人中17人)、症状は自己申告で、ダンス好きな人が集まりやすかった可能性もあります。体と人とのつながりを同時に動かすことが、心を立て直す手がかりになるかもしれません。
🤖 Neuralink、5万時間の脳データで「毎日の調整」を週1回に

出典:Interesting Engineering
2026年10月1日、米 Neuralink(ニューラリンク) が技術レポート 「ラベルのない5万時間の脳データによる事前学習」 を公開しました。脳に埋め込んだ装置でカーソルを動かす速さが 毎秒11.32ビット に達し、これまでの記録 10.39ビット を上回ったと発表しています。
▶︎ 臨床試験が始まってからの約2年で、参加者が日常生活の中で送ってきた脳の信号は 5万時間以上 にのぼります。最初の参加者一人だけで 9000時間以上 です。
Neuralink は、何をしていたかの ラベル (正解の印)がついていないこの大量のデータを使い、一人ひとりの脳のくせを先に学ばせる 方法をとりました。AIの言語モデルが大量の文章で下地をつくるのと同じ発想で、同社は 「脳とコンピューターをつなぐ技術のための基盤モデル」 と呼んでいます。
▶︎ その結果、これまで 毎日およそ10分 かかっていた読み取り装置の調整が、一部の参加者では 週に1回・およそ10分 で済むようになりました。
脳の信号は日によって少しずつずれていきます。そのずれに追いつく手間が減れば、BCIは「研究室の装置」から「毎日使う道具」に近づきます。
▶︎ ただし、今回の数字は 査読を受けた論文ではなく、会社による技術報告 です。健康な人の操作速度との比較も、外部の専門家による検証はまだ行われていません。
📱 「スマホは命」。1日11時間使った中学生と、無限スクロールの設計

出典:読売新聞
2026年10月5日、読売新聞が連載 「依存症と向き合う 身近な入り口」 で、SNSにのめり込む中学生を取り上げました。中学2年の女子生徒3人はスマホを 「命」「人生」「お金の次に大事」 と表現し、自分たちを 「ドパガキ」 と呼んでいます。
▶︎ 3人の1日の平均利用時間は 5〜6時間 。そのうち1人は、日曜日に 11時間 使っていました。主に見ているのはインスタグラムとTikTokです。
生徒の一人は 「スマホを触っている間は楽しいけど、宿題が終わっていない現実に戻ると後悔する」 と話しています。
▶︎ 記事は、興味に合わせて投稿を並べるアルゴリズムと、終わりのない 無限スクロール が長時間の利用を後押ししていると指摘しました。
久里浜医療センター の2025年の調査では、SNSの病的な使い方が疑われる人は全体の 1.7% 、10代では 7% と推計されています。全国学力テストでは、SNSや動画を 1日4時間以上 見る小中学生の算数・数学の正答率が、30分未満の子より20ポイント以上 低くなっていました。
▶︎ 海外では、オーストラリアが 16歳未満のSNSアカウント を規制し、米カリフォルニア州では 16歳未満への無限スクロールの提供を禁じる州法 が9月に成立しました。日本では、こども家庭庁の有識者会議が中間報告で保護のあり方を検討する段階にとどまっています。
▶︎ 脳科学で見ると、無限スクロールは 「次はもっと面白いかもしれない」 という期待をいつまでも途切れさせない仕組みです。ドーパミンは、手に入った喜びよりも 予想と結果のズレ (報酬予測誤差)に強く反応します。
次の投稿が当たりか外れかわからないから、指が止まりません。止められないのは意志が弱いからではなく、誰の脳にもある学習の仕組みが、終わりのない画面とかみ合っているからです。 終わりを自分でつくる工夫は 「ドパガキ」の治し方 にまとめています。
🎰 オンラインオリパに半年で1000万円。口座残高は27円に

出典:読売新聞
2026年10月2日、同じ読売新聞の連載 「依存症と向き合う」 が、トレーディングカードの オンラインオリパ (販売者が独自に詰め合わせたくじ形式のパック)にのめり込んだ30代の男性を取り上げました。半年で1000万円以上 をつぎ込み、口座の残高は 27円 になっていました。
▶︎ きっかけは、スマホに出てきたバナー広告でした。最初の数時間で 60万円 を使い、1枚200万円 で取引されるカードが当たったことで 「負けを取り戻そう」 と課金を続けたといいます。
男性は 「立ち止まって考える時間もなく、ひたすら課金を続けた」 と振り返り、やめられたときには 「やっと解放される」 と涙を流しました。
▶︎ 取材に応じた 上田佳孝弁護士 の事務所には、オンラインオリパに関わる債務整理の相談が 約1年前から月5件ほど 寄せられています。相談者の多くは大学生や社会人になったばかりの若者です。
上田弁護士は 「実態はギャンブルの構造と似通っている」 と述べ、派手な演出の抑制や年齢確認、金額の上限など 実効性のあるルールづくり が必要だと指摘しました。一方で、ポイントを直接現金に換えられず、カードを実際に受け取れることから 「商品の売買」と判断される余地 もあり、法的な位置づけはまだ定まっていません。
▶︎ 脳科学で見ると、オリパは 変動比率強化 (いつ当たるかわからない報酬)の典型です。報酬が不規則に来るほど、行動はやめにくくなります。
さらに一度大きく当たると、脳はその記憶を手がかりに 「次も来るかもしれない」 と期待を上乗せし、負けを取り戻そうとする 損失の追いかけ が始まります。これは特別な人の弱さではなく、誰の脳にもある仕組みです。 「もう1回」の正体と抜け方は オリパのやめ方 で解説しています。
📝 まとめ
今週は、外から入ってくる体験が脳の状態をどう変えるかを示す報告が続きました。VRの没入感が神秘体験の入り口になり、週1回のダンスがうつ症状を軽くし、おなかの細菌が脳の老化の早さを映していました。ドーパミンが食べすぎのブレーキにも関わっていたという発見は 「ドーパミン=欲望のアクセル」 という見方を少し広げてくれます。
同じ週、読売新聞はスマホに1日11時間向かう中学生と、オリパに1000万円をつぎ込んだ男性を取り上げました。引き込まれる仕組みも、整える仕組みも、同じ脳の中にあります。 責めるより先に仕組みを知ることが、自分の脳と付き合う第一歩になりそうです。
脳のシグナルには、まだ見えていない情報がたくさんあります。 VRの中で脳波がすべての帯域で強まっていたように、どんな体験に身を置くかで、脳波は確かに形を変えています。 瞑想中・集中中・リラックス中、それぞれの状態をあなた自身の脳波で記録していくことで「ゾーンに入る瞬間」が少しずつ見えてきます。
自宅で簡単に脳波計測しながら瞑想。科学的に正しい瞑想で数値化・習慣化。








