「論文」で発表されてるから科学的に正しいのか?

「この効果は論文で発表されています!」
「科学的に証明された商品です!」
健康食品のウェブサイトで、サプリメントのパッケージに広告。私たちは日常的にこのフレーズに出会います。そして多くの場合、この言葉は「科学的に証明された確かな効果」を意味するものとして受け取られています。
瞑想においても同じような状況に触れることがあります。
実は「論文で発表されている」という言葉には、実は私たちが思っている以上に複雑な背景があります。そして「科学的に正しい」という言葉は強い影響力ゆえに、複雑な背景とは切り離され、安易に使われている場面が多いように感じます。
実際、科学的に証明されるとはどういうことなのか?論文で書かれてるから正しいのか?その内容について、詳しく考えてみようと思います。
サンプル数
論文には必ず「n数」つまりサンプルサイズが記載されています。これは研究に参加した人数のことです。
例えば、ある瞑想アプリの効果を検証した研究があったとします。ひとつは大学生20人を対象にした研究、もうひとつは全国から集めた2,000人を対象にした研究。どちらも「論文で発表されている」ことに変わりはありません。でも、結果の信頼性は同じでしょうか。
直感的には「人数が多い方が信頼できそう」と感じますよね。これは一般的にも広く知られていることで、統計学的には、サンプルサイズが大きいほど「偶然そうなった」可能性が低くなります。
20人の研究で「瞑想で不安が減った」という結果が出ても、たまたまその20人がそうだっただけかもしれません。でも2,000人で同じ結果が出たら、それは偶然とは考えにくくなります。
ただし、ここで面白いのは「大きければ大きいほど良い」というわけでもないところです。
ハーバード大学医学部とマサチューセッツ総合病院(MGH)の研究チームが2011年に発表した研究、わずか16人の参加者を対象にしたものでした。それでも、厳密な脳画像解析と8週間の追跡調査によって、瞑想が脳の灰白質に経時的変化をもたらすことを世界で初めて記録した研究として、精神医学分野で認められている査読誌Psychiatry Research: Neuroimaging(2011年1月30日号)に掲載されました。
Eight weeks to a better brain — Harvard Gazette
Harvard researchers at Massachusetts General Hospital find th
news.harvard.edu
[](https://news.harvard.edu/gazette/story/2011/01/eight-weeks-to-a-better-brain/)
この研究を率いたサラ・ラザー博士は、実は2005年にも20人の瞑想経験者を対象にした研究で、瞑想が脳皮質の厚みを増加させる可能性を示しており、今回の研究はその延長線上にあるものでした。
16人という少人数でありながら、縦断的デザイン(同じ人を追跡調査する手法)と精密な脳画像解析により、「瞑想の前後で脳がどう変化するか」という因果関係を示すことに成功したのです。
この研究の意義は大きなものでした。なぜなら、研究で用いられたMBSR(マインドフルネスに基づくストレス低減法)は、1970年代後半にジョン・カバット・ジン博士によって開発され、すでに世界中の医療機関で慢性疼痛、不安障害、うつ病などの治療に実用化されているプログラムだったからです。(このプログラムは確かに効果があるので医療機関で採用されていたものの、なぜ効果があるのか十分に検証されていないプログラムでした)
つまり「すでに臨床現場で効果が確認されている介入法が、脳にどのような変化をもたらすのか」について神経科学的メカニズムを解明した研究だったのです。
これは少人数でも研究デザインが優れていて、既存の臨床実践を裏付けるものであれば、科学的に重要な発見につながる。この研究は、まさにその好例と言えるでしょう。
逆に、1万人を対象にした研究でも、質問の仕方が偏っていたり、参加者の選び方に問題があったりすれば、信頼性は大きく損なわれます。
つまり「論文で発表されている」といっても「何人を対象にした研究なのか?」 「その人数は、効果を検出するのに十分だったのか?」 「参加者はどのように選ばれたのか?」などによってその内容の評価は大きく変わるのです。
査読という名の関門
上記のような内容を評価する機能として、科学論文には「査読」というプロセスがあります。これは、その分野の専門家が論文を厳しくチェックする仕組みです。
研究者が論文を学術誌に投稿すると、通常2〜3人の専門家が匿名で評価します。研究デザインに問題はないか、データの解釈は適切か、結論は妥当か。厳しく吟味され、修正を求められ、時には掲載を却下されます。
この査読というプロセスがあるからこそ、査読済みの科学論文にはn数に関わらず、一定の信頼性があるのです。
でも、査読を通過したからといって、その研究が「完璧」というわけではありません。
実際、スタンフォード大学のメタサイエンス研究センターの分析によれば、査読を通過した論文の中にも、後に再現できなかったり、重大な方法論上の問題が見つかったりするケースが少なくないことが報告されています。一体なぜでしょうか。
実際、スタンフォード大学のメタ研究イノベーションセンター(METRICS)率 いるジョン・イオアニディス博士らの分析によれば、査読を通過した論文の中にも、後に再現できなかったり、重大な方法論上の問題が見つかったりするケースが少なくないことが報告されています。
具体的に見ていくと、2015年に心理学の主要3誌から100本の研究を選んで再現を試みた大規模プロジェクトにおいて、統計的に有意な結果が出た97本のうち、再現できたのはわずか36%でした。
中でも、特に社会心理学分野では再現率が25%にまで低下しています。
生物医学の世界でも状況は似ています。バイオテクノロジー企業Amgenが53本の「画期的」とされる前臨床試験研究を再現しようとしたところ、成功したのはわずか6本、全体の11%だけでした。
一体なぜでしょうか。
まず、統計的検出力が低いことが挙げられます。Natureに発表された研究によれば、神経科学分野の平均的な統計的検出力はわずか21%です。これは、本当に効果があっても、5回に1回しかそれを検出できないという意味です。
次に、査読プロセスの構造的限界があります。査読者は通常、論文本文と提出されたデータしか見ません。研究の裏側で何が起きていたか、どんなデータが除外されたか、何回実験を繰り返したか、そこまでは分からないのです。研究者が意図的に不正をしていなくても「うまくいった実験だけ」を報告してしまう誘惑は常にあります。
学術誌の格
厳しい査読を通過した論文は、学術誌に掲載されます。そんな学術誌にも「格」があります。ネイチャーやサイエンスといった超一流誌は査読が非常に厳しく、掲載されるだけで大きな評価を得ます。
一方で、査読が緩い学術誌も存在します。中には「掲載料を払えば載せる」ような、科学者から「ハゲタカジャーナル」と呼ばれる問題のある学術誌すらあるのです。
科学的な証明に価値を置くのであれば「学術誌に掲載されている」という言葉も鵜呑みにせず、その内容についてしっかりと吟味する必要があります。
出版バイアス
上記の厳しいプロセスをクリアしたとて、完璧な科学的証明とはなり得ません。「出版バイアス」と呼ばれる現象です。
研究者が実験をして「この瞑想法でストレスが減った」という期待通りの結果が出たとします。これは論文になりやすく、学術誌にも掲載されやすいのです。なぜなら、新しい発見は科学界にとって価値があるからです。
では、逆に効果が見られなかった場合はどうでしょう。
実は、こうした「効果なし」の研究は論文として発表されにくいのです。研究者にとって地味な結果ですし、学術誌も「新しい発見」を好む傾向があります。
これが何を意味するかというと、世の中に出回っている論文が「効果があった」という結果に偏っている可能性があるのです。
オレゴン健康科学大学のErick Turner氏らによる研究では、抗うつ薬の臨床試験において、否定的な結果を示した研究の多くが出版されていないことが明らかになりました。
元FDA職員だったTurner氏は、FDAに提出された74本の臨床試験データと実際の出版状況を比較したところ、FDAが「ネガティブまたは疑問あり」と判断した36本の研究のうち、61%にあたる22本は全く出版されず、31%にあたる11本はポジティブな結果のように見せかけて出版されていました。
つまり、否定的な結果をそのまま報告したのは、わずか3本だけだったのです。
この出版バイアスの結果、文献上では94%の試験がポジティブに見えますが、実際のFDAデータでは51%しかポジティブな結果ではありませんでした。そして、抗うつ薬の効果サイズは平均で32%も過大評価されていたのです。
だから「複数の論文で効果が示されている」という表現を見たとき、私たちは少し立ち止まって考える必要があります。効果がなかった研究は、単に発表されていないだけかもしれないのです。
まとめ
ここまで、科学論文の裏側について長々とお話してきました。
実は、ZONEにお問い合わせくださる方の中には、科学分野で活躍されている研究者の方も少なくありません。そうした方々とお話していて、いつも感じることがあります。それは、科学の最前線にいる人ほど、「科学的にはまだわからないこと」の広大さを知っているということです。
論文を書き、査読を経験し、再現実験の難しさを肌で感じてきた人たちは、科学の力を信じながらも、その限界も深く理解しています。彼らは、統計的有意差と実生活での意味の違いを知っています。出版バイアスの存在を知っています。そして何より、個人差という科学が完全には捉えきれない領域の大きさを、誰よりも理解しているのです。
だからこそ、ZONEは科学で証明された部分だけにフォーカスを当てるのではなく、それぞれが心地よい部分を尊重したいのです。
証明はされていないけれど、確かにあなたの心身にプラスに感じられる何か。データには表れないけれど、あなたにとっては大切な変化。そういった、科学の網目からこぼれ落ちてしまうような、でも確かに存在する価値を、ZONEは大切にしたいと考えています。
「論文で証明されているから信じる」でもなく「科学的根拠がないから否定する」でもない。
両方の声に耳を傾けながら、最終的にはあなた自身の感覚を信じる。そんな在り方を、ZONEは応援したいと考えています。
あなただけの「ととのう」を探す旅に、ZONEが少しでも寄り添えたら嬉しいです。
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