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脳科学コラム2026年9月17日

ラスカー賞の柳沢正史教授が見つけたオレキシンとは

ラスカー賞の柳沢正史教授が見つけたオレキシンとは
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こんにちは。ZONEです。

2026年9月9日に今年の ラスカー賞 が発表され、基礎医学研究部門の受賞者として、筑波大学の 柳沢正史教授 とスタンフォード大学(米国)の エマニュエル・ミニョー教授 の名前が挙がりました。

授賞の対象は、起きている状態を支える脳内物質「オレキシン」の発見と、それが足りなくなるとナルコレプシーという過眠症が起きることの解明です。

授賞式は 2026年9月17日 にニューヨークで開かれます。

この記事では、下の公式発表をもとに、オレキシンとは何かなぜ睡眠の研究がここまで評価されたのか を順に整理します。

夜の机で小さなかごの中のマウスを見守る無機質な人型と、頭上に浮かぶ月と太陽の線画イラスト

オレキシンとは何か

オレキシンは、脳の 視床下部 にある一部の神経細胞が作る 神経ペプチド(神経どうしの連絡に使われる小さなタンパク質)です。

働きをひとことで言うと、起きている状態を安定して保つことです。

眠りを起こす物質というより、「覚醒のスイッチが勝手に切れないように支える物質」 と考えるとつかみやすくなります。

オレキシンを作る神経細胞は、ヒトの脳でおよそ 7万個 と見積もられています。脳全体の神経細胞が数百億個あることを思うと、ごくわずかな数です。

そのわずかな細胞が失われるだけで、人は日中に突然眠り込んでしまうようになります。

ラスカー賞とはどんな賞なのか

ラスカー賞は米国の医学賞です。1945年 から続いており、基礎医学や臨床医学などの部門に分かれています。

受賞者の中から、のちのノーベル賞受賞者が多く出ていることでも知られています。

今回は臨床医学部門でも、血友病Aの治療薬を開発した中外製薬の研究者3人が選ばれました。時事通信は、基礎と臨床の両部門で日本の研究者が同時に選ばれた と報じています。

筑波大学の発表にある受賞理由を、要点に分けると次のようになります。

柳沢教授は筑波大学を通じて 「身に余る光栄です」 とコメントし、これまで大きな注目を受けてこなかった睡眠科学の分野が評価されたことへの喜びを述べています。

食欲の研究がなぜ睡眠の発見に変わったのか

三脚に載せたカメラの横に立ち、走るマウスと突然眠り込んだマウスを見守る無機質な人型の線画イラスト

ここが今回の受賞でいちばん面白いところです。

1990年代後半、当時テキサス大学にいた柳沢教授の研究室は、相手の物質がまだ分かっていない受容体(オーファン受容体)に結合する物質を、ラットの脳から探していました。

1998年、共同研究者の 櫻井武博士 らとともに2種類の新しいペプチドを見つけ、『Cell』誌に報告します。

この物質を脳に入れた動物は食べる量が増えたため、ギリシャ語で食欲を意味する言葉から 「オレキシン」 と名づけられました。

つまり出発点は、睡眠の研究ではありませんでした。

転機は翌年です。オレキシンを作れないマウスを作ってみたところ、昼間に見るかぎり目立った異常がありませんでした。

そこで、マウスが活発に動く夜の様子を 赤外線カメラ で撮影します。

すると、元気に動き回っていたマウスが、突然ぱたりと倒れて動かなくなる場面が何度も映っていました。

脳波を調べると、起きている状態から いきなりレム睡眠に入っている ことが分かりました。これは人のナルコレプシーでみられる特徴とよく似ています。

この結果は 1999年 に『Cell』誌に報告されました。

東京新聞によると、柳沢教授は会見で当時の研究を 宝探し にたとえています。目的地を決めずに始めた探索が、睡眠科学の扉を開いたことになります。

もう一つの道からも同じ答えが出た

別々の山道を登ってきた2人の無機質な人型が、同じ頂上の旗の前で出会う線画イラスト

共同受賞者の ミニョー教授 は、まったく別の道をたどっていました。

研究対象は、遺伝的にナルコレプシーを発症する犬 です。

ラスカー財団の解説によると、ミニョー教授は犬のゲノム地図がまだない時代に、およそ 10年 かけて原因遺伝子を探しました。

たどり着いた答えは 1999年 に発表されます。犬たちの病気のもとは、オレキシンを受け取る側(受容体2)の遺伝子の変異 でした。

マウスと犬という別々の対象を、別々の研究室が別々の方法で調べた結果、同じ年に同じ物質へたどり着きました。

出来事
1998年柳沢研究室がオレキシンと2種類の受容体を報告(同じ物質を別のグループも「ヒポクレチン」として報告)
1999年オレキシンを作れないマウスで、人のナルコレプシーとよく似た発作を確認
1999年ミニョー研究室が、犬のナルコレプシーの原因はオレキシン受容体2の変異と報告
2000年人のナルコレプシー患者の脳脊髄液でオレキシンが検出できないほど低いと報告
2014年オレキシンの働きを抑える不眠症治療薬が初めて承認
2026年オレキシン受容体2に働きかけるナルコレプシー治療薬が日本で承認

人での研究では、ナルコレプシー患者 9人中7人 の脳脊髄液でオレキシンが検出できず、比較対象の 8人全員 では検出されました。

亡くなった患者の脳を調べた研究でも、オレキシンを作る神経細胞が大きく失われている ことが確かめられています。

ナルコレプシーの原因が分かった意味

ナルコレプシーは、日中に耐えがたい眠気に襲われたり、笑ったり驚いたりした拍子に体の力が抜けたりする病気です。

ラスカー財団は、米国では 少なくとも2,000人に1人 がこの病気をもち、診断されていない人も多いと説明しています。

大事な会議や試験の最中に眠り込んでしまうため、長いあいだ 「怠けている」「やる気がない」 と誤解されてきました。

原因が脳内の特定の物質の欠乏だと示されたことで、この病気は本人の性格や努力とは関係のない、体の病気として説明できるようになりました。

日中の強い眠気が長く続いている方は、自己判断で済ませず、睡眠外来などの医療機関に相談してください。

発見は2種類の薬につながった

シーソーの片側に太陽、もう片側に月が載り、真ん中の支点に手を添えて釣り合いを取る無機質な人型の線画イラスト

オレキシンの発見は、向きの違う2種類の薬につながりました。

1つ目は、オレキシンの働きを抑える薬 です。覚醒を支える信号を弱めることで眠りに入りやすくする仕組みで、2014年 に最初の不眠症治療薬が承認されました。

2つ目は、オレキシン受容体に働きかける薬 です。足りなくなったオレキシンの信号を補う仕組みで、武田薬品工業は 2026年8月24日、オレキシン受容体2に選択的に作用する飲み薬が、成人のナルコレプシータイプ1の治療薬として日本で承認されたと発表しました。

日本医療研究開発機構(AMED)は、発見から28年で基礎研究が新薬開発まで進んだこと が高く評価されたと説明しています。

どちらも医師の診断と処方が必要な薬です。効果や副作用、自分に合うかどうかは、必ず主治医に確認してください。

それでも眠りの謎は残っている

覚醒を支える物質は見つかりました。

一方で、「なぜ眠らなければならないのか」「眠気の正体は何なのか」 という根本の問いには、まだ答えが出ていません。

柳沢教授は 2012年 から筑波大学の 国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS) を率い、この問いに取り組んでいます。

2016年 には、8,000匹 を超えるマウスの睡眠を調べ、眠りの量が大きく変わる家系から SIK3 という遺伝子の変異を見つけたと『Nature』誌に報告しました。

NEWSつくばによると、教授は会見で、睡眠研究はまだ出口の見えない森の中を歩いている段階だという趣旨の話をしています。

ラスカー賞は到達点というより、睡眠科学がようやく注目され始めた合図と受け取るのがよさそうです。

私たちの眠りに引き寄せると何が言えるのか

この研究から、日常の眠りについて言えることを控えめに3つ挙げます。

1つ目は、眠気を意志で語りすぎないことです。 起きている状態も眠っている状態も、脳の中の仕組みが支えています。眠れない夜や日中の強い眠気を、意志の弱さ だけで説明するのは正確ではありません。

2つ目は、測ることの価値です。 眠りの状態は、見た目だけでは分かりません。柳沢研究室の発見も、赤外線カメラと脳波で「測った」ことから始まりました。

3つ目は、宣伝との距離の取り方です。 今回の受賞は、特定の食品やサプリメント、機器の効果を裏づけるものではありません。「オレキシンを増やす」「オレキシンを整える」 といった宣伝を見かけたときは、根拠になっている研究を確かめてください。

これはZONEが扱うデバイスについても同じです。

ここからはZONEの話です

ZONEは脳波計を使った計測イベントと、家庭用の脳波デバイスを扱っています。

柳沢教授、筑波大学、ラスカー財団とZONEのあいだに、提携や監修などの関係はありません。ZONEのデバイスは医療機器ではなく、病気の診断や治療を目的としたものでもありません。

そのうえで、自分の眠りや休息を感覚だけに頼らず記録してみたい という方に向けて、睡眠に関する記事をまとめておきます。

計測イベントの日程はイベント一覧に、レポートを見返せる無料会員の案内は会員登録ページにあります。

オレキシンとラスカー賞でよくある質問

オレキシンとは何ですか

脳の視床下部にある神経細胞が作る神経ペプチドで、起きている状態を安定して保つ働きがあります。1998年に柳沢正史教授らのグループが報告しました。別のグループが同じ物質を「ヒポクレチン」と名づけたため、2つの呼び名があります。

ラスカー賞を受賞するとノーベル賞も受賞するのですか

決まっているわけではありません。ラスカー賞の受賞者から、のちにノーベル賞を受賞した研究者が多く出ているのは事実ですが、2つは別の団体が別の基準で選ぶ賞です。

ナルコレプシーはどのくらいの人がかかる病気ですか

ラスカー財団は、米国では少なくとも2,000人に1人と説明しています。診断されていない人も多いとされます。日中の強い眠気が続く場合は、睡眠外来などの医療機関に相談してください。

オレキシンを食事やサプリメントで増やせますか

今回の受賞対象になった研究は、食品やサプリメントの効果を示したものではありません。オレキシンに関わる薬は、いずれも医師の処方が必要な医薬品です。

不眠症の薬とナルコレプシーの薬は同じものですか

向きが逆です。不眠症の薬はオレキシンの働きを抑え、ナルコレプシーの薬はオレキシン受容体に働きかけて足りない信号を補います。どちらも自己判断では使えません。

おわりに

食欲の物質を探していた研究室が、夜のマウスを撮ったことで睡眠の扉を開けました。

目的地の決まっていない基礎研究が、28年後に患者さんへ届く薬になった。 今回の受賞は、その道のりごと評価されたのだと思います。

柳沢正史教授、ミニョー教授、そして研究に関わったすべての方々に、心からお祝いを申し上げます。


この記事は、文末の公開資料にもとづいてZONEが独自にまとめた解説です。医学的な助言を目的としたものではありません。記載に誤りを見つけられた場合は、お問い合わせからお知らせください。確認のうえ速やかに訂正します。

主な参考文献

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