今週の脳科学ニュース【2026年9月第4週】人の脳は2つの器官が合体していた
今週は「脳の成り立ち」を問い直す報告が続きました。人の脳が、実はふたつの別々の系統が合わさったものだったこと。意識を支えているのが表面ではなく、もっと深いところの小さなハブだったこと。そして、眠れているつもりの夜に何が削られているのか。あわせて、脳の報酬の仕組みをめぐって社会の側が動いた一週間でもありました。
🧠 人の脳は、ひとつの器官ではなかった

出典:ScienceDaily
2026年9月18日、スタンフォード大学医学部の研究チームが『Nature Neuroscience』に、人の脳が起源のまったく違う2つの細胞集団からできあがっているという報告を発表しました。脳をひとつながりの器官として扱ってきた前提が、根元から書き換わる成果です。
▶︎ 責任著者は、同大の発生生物学准教授 カイル・ロー博士。共同筆頭著者は キャロライン・ダンディーズ氏 と ライアン・ジョカイ氏 です。
チームは、受精後まもない胚がからだの設計を始める時期までさかのぼりました。
▶︎ そこで見えたのは、きれいに分かれた2つの前駆細胞でした。Otx2 という遺伝子を働かせている細胞からは前脳と中脳が、Gbx2 を働かせている細胞からは後脳ができます。しかも**この2つは、最初から最後までひとつも混じり合いませんでした。**
▶︎ ロー博士は 「脳の前側と後ろ側が、まったく別の前駆細胞から生まれることを初めて示しました」 と述べています。ジョカイ氏のほうは、「脳という言葉は、ひとつながりの器官で、起源もひとつだと思わせます。だから驚きました」 と振り返っています。
▶︎ 同じ分かれ方は、ニワトリ、ゼブラフィッシュ、ギボシムシでも確認されました。5億5000万年以上を隔てた生き物に共通しているということです。研究チームは、進化が2つの古い神経系を空間的に押し合わせた結果ではないかと見ています。
▶︎ 応用も一緒に生まれました。チームはヒトの多能性幹細胞から、後脳の運動ニューロンを培養皿のなかで育てることに成功しています。活動電位を出し、顔や飲み込みの筋肉を動かすタンパク質を持つ細胞でした。ALSや脊髄性筋萎縮症のように脳幹が関わる病気を、実験室で扱える道がひらけます。
🌟 意識を支えていたのは、脳の深いところの小さなハブだった
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出典:PsyPost
2026年9月21日、マサチューセッツ総合病院とボストン大学の研究チームが『Human Brain Mapping』に、意識を保つために働いている脳の深部のハブを地図にした報告を発表しました。意識の研究は脳の表面のネットワークが主役でしたが、今回は奥のほうに目が向けられています。
▶︎ 筆頭著者は モーガン・カンバレリ氏、責任著者は ジャン・リー博士 と ブライアン・エドロウ博士 です。チームは健康な 168人 を対象に、7テスラ という強い磁場の 安静時fMRI (rs-fMRI、何もしていないときの脳の活動を測る方法)を使いました。
▶︎ そこから、皮質にある6つのネットワークと脳の深部との結びつきを、テンソル分解 (多次元のデータを少数の成分に分けて取り出す解析)でほどいていきます。
▶︎ 浮かび上がったのは、いくつかの小さな中継点でした。腹側被蓋野 (VTA、ドーパミンを送り出す場所)は4つのネットワークと、視床の神経核 と 橋中脳被蓋 もそれぞれ複数のネットワークとつながっていました。
そしてもっとも広かったのが 分界条床核 (BNST)で、調べた6つすべてと結びついていました。
▶︎ おもしろいのは、その関係が一様ではなかったことです。表面のネットワークと同じ向きに動くハブもあれば、活動を抑えるように働くハブもありました。意識は脳の表面に浮かんでいるのではなく、奥の数ミリの中継点に支えられていました。
▶︎ 研究チームは、この地図が反応を返せない患者さんのなかに意識が残っているかを見分ける手がかりになるかもしれないと見ています。測れる場所がわかれば、見落とされてきた意識に手が届くかもしれません。
🤖 髪より細い1本で、記録と投薬と刺激を同時にこなす脳インプラント

出典:ScienceDaily
2026年9月21日、デンマーク工科大学の研究チームが『Advanced Science』に、太さ0.5ミリ未満の1本のファイバーで、神経活動の記録と薬の投与と脳の刺激を同時にこなすインプラントを発表しました。コペンハーゲン大学やユニバーシティ・カレッジ・ロンドンとの共同研究です。
▶︎ 開発したのは、ポスドクの クンヤン・スイ氏 と准教授の クリストス・マルコス氏。装置は mAxialtrode と名づけられました。光を通す芯が1本 と、液体を運んだり電極を入れたりする微細なチャンネルが8本 入っています。
▶︎ スイ氏は、これまでの装置の弱点をこう説明しています。「いまの脳インプラントの多くはシリコンのような硬い素材でできていて、脳を刺激して組織に炎症反応を起こすことがあります」。
新しい装置はやわらかいプラスチック状の光ファイバーでできていて、先端に角度をつけたことで細くなり、傷つける範囲も小さくなったと説明されています。
▶︎ マウスでの実験では、青と赤の光で神経細胞を刺激し、大脳皮質と海馬という浅いところと深いところの両方から電気の活動を記録し、さらに約3ミリ離れた深さそれぞれに別の物質を届けることができました。これまで何本もの装置に分けていた仕事が、1本にまとまりました。
▶︎ ただしスイ氏は、臨床で日常的に使うにはまだ遠いとも述べています。大規模な試験と追加の開発、そして規制当局の承認が必要です。当面の目標に挙げられているのは てんかん、そして記憶や意思決定のしくみの研究でした。
🧘 眠れていても、カフェインは眠りの深さを削っていた

出典:ScienceDaily
2026年9月22日、ヴロツワフ医科大学の研究チームが『Nutrients』に、カフェインは寝つきを邪魔しなくても眠りの質を下げているという総説を発表しました。8時間眠れていて、夜中に目も覚めていない人にも当てはまります。
▶︎ まとめたのは ジェームズ・フミエル氏 と ドナータ・クルパス教授。手がかりになったのは 脳波 (EEG、頭皮から脳の電気活動を記録する方法)でした。
▶︎ カフェインを摂った夜は、徐波活動 (slow-wave activity、深い眠りのときに出るゆっくり大きな波)が減っていました。時間のうえでは眠れているのに、波の形だけが起きているときに近づいていくという変化です。
▶︎ クルパス教授はこう述べています。「カフェインは睡眠を短くしたり寝つきを悪くしたりします。ただ、睡眠時間が正常に見える場合でも、徐波活動を減らし、脳波のパターンをより『覚醒に近い』ほうへずらしている可能性があります」。
▶︎ 効き方の個人差も大きいと報告されました。さっと代謝してしまう人もいれば、朝に飲んだ一杯が夜まで残る人もいます。後者では、昼のカフェインが夜の回復を削り、翌日またカフェインが必要になるという輪ができてしまいます。
▶︎ 量、時間帯、年齢、生活習慣、体質。どれかひとつで決まる話ではありません。だからこそ、自分の夜に何が起きているかは、自分で測ってみるのがいちばん早いのかもしれません。
🧠 コロナ後遺症のだるさは、ドーパミン神経の減少と重なっていた

出典:ScienceDaily
2026年9月21日、カナダの依存症・メンタルヘルスセンター(CAMH)の研究チームが『eBioMedicine』に、コロナ後遺症の人の脳ではドーパミンを出す神経の指標が下がっているという報告を発表しました。やる気が出ない、動きが遅い、思い出せないという訴えに、画像から説明がついた形です。
▶︎ 研究を率いたのは、ブレインヘルス画像センターのシニアサイエンティスト ジェフリー・マイヤー博士。脳の線条体 (striatum、報酬や運動の調整に関わる深部の領域)を画像で調べました。
▶︎ すると、線条体の主要な部位すべてで、ドーパミン神経の指標がはっきり低くなっていました。しかも、どこが下がっているかと症状のかたちが対応していました。
▶︎ 腹側線条体が低いほど意欲の低下が、背側被殻が低いほど動作の遅さが、尾状核と被殻が低いほど記憶の困りごとが強く出ていたと報告されています。
▶︎ マイヤー博士は 「今回の結果は、コロナ後遺症にドーパミンを放出する神経の喪失が関わっているという有力な証拠になります」 と述べています。だるさは気のせいではなく、脳の報酬回路の側に理由がありました。
▶︎ コロナ後遺症は世界人口のおよそ5%が抱えていると見られています。原因の場所がしぼれてくれば、そこに向けた治療の設計も変わってきます。「がんばりが足りない」で片づけられてきた症状に、測れる根拠がつきました。
🎰 「総還元率100%」のオリパ。購入者38人が販売サイト5社を提訴

出典:時事通信
2026年9月17日、人気トレーディングカードを独自に詰め合わせた「オリジナルパック」(オリパ)のオンライン販売をめぐり、購入者38人が運営会社5社に対し、計約2億7000万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしました。原告側弁護団によると、オリパ販売業者の違法性を問う訴訟は、これが初めてです。
▶︎ 訴状などによると、原告らは2024年以降、各サイトで1人あたり200万円から2億円を支払ってポイントを購入し、オリパを買っていました。サイト上には 「総還元率100%」 や 「2分の1の確率で希少なトレカを獲得できる」 といった表示が出ていたとされます。
原告側は、実際にはそのカードは得られなかったとして、特定商取引法の誇大広告や景品表示法の優良誤認にあたると主張しています。
▶︎ 被告には DOPA や オリパワン といった大手サイトの運営会社が含まれると報じられています。訴訟はまだ始まったばかりで、表示と実際の確率がどうだったかはこれから争われる点です。ここで書けるのは、そう主張されているという事実までです。
▶︎ 脳科学で見ると、オリパがこれほど人を引き止めるのには理由があります。何が出るかわからない報酬は、毎回同じ報酬よりもドーパミン神経を強く動かすことが知られています。変動比率強化(variable ratio、当たりの間隔がばらつく仕組み)と呼ばれる形です。
しかも期待のピークは、開けた瞬間ではなく開ける直前にあります。だから「もう1回」が止まりません。これは意志の弱さではなく、誰の脳にも同じように備わっている仕組みです。
さらに、使った金額が大きいほど降りにくくなる サンクコスト (sunk cost、取り戻せない費用にこだわってしまう傾向)も重なります。この開封の高揚についてはブラインドボックスと脳科学の記事で詳しく整理しています。
📱 EU、13歳未満のSNS利用を禁止する法案を発表

出典:AFPBB News
2026年9月17日、欧州連合(EU)が、子どものSNS・オンラインゲーム・AIアシスタントの利用に厳しい年齢制限を設ける新法案を発表しました。「EU子ども法案」と呼ばれています。
▶︎ 内容はかなり踏み込んでいます。13歳未満はSNSの利用を禁止。13歳から14歳は、保護者が管理する制限付きアカウントに限り、1日最大1時間まで認める、というものです。
▶︎ 対象はSNSだけではありません。動画共有アプリ、オンラインゲーム、AIコンパニオン、チャットボットまで含まれます。企業には、子どもが使う前に安全性を確かめておくことが求められます。
違反した企業には、**年間売上高の最大6%**の罰金が科される可能性があります。
▶︎ 脳科学で見ると、この法案が時間を区切っている点に意味があります。ショート動画や無限スクロールがよくできているのは、次に何が出るかわからないまま指が動き続けるように設計されているからです。
予測誤差 (prediction error、予想と結果のズレ。このズレが大きいほどドーパミンが動きます)が途切れないので、脳の側には「そろそろ終わり」の合図が来ません。やめどきが来ないのは、やめどきの合図を出さない設計だからです。
▶︎ とくに育ちの途中の脳では、退屈に耐える力や注意を切り替えるコストの扱い方がまだ育っています。だから外から枠をはめるという発想になります。使う人を責める話ではなく、設計の話です。この論点はドパガキは誰のせい?の記事で整理しています。
📝 まとめ
今週は、脳を見る解像度が上がった週でした。人の脳が起源の違う2つの系統からできていたこと、意識を支えているのが表面ではなく深部の小さなハブだったこと、そして1本の細いファイバーで記録も投薬も刺激もこなせるようになったこと。どれも、これまで「ひとつのもの」として扱ってきた脳を、もっと細かく分けて見られるようになったという話です。
同じ週に、ドーパミンをめぐる社会の側の動きもありました。オリパの販売をめぐる初めての訴訟と、EUが出した子ども向けの利用制限。そして、コロナ後遺症のだるさがドーパミン神経の減少と重なっていたという報告。報酬の回路は、病気の説明にも、日々の「やめられない」の説明にも、同じように出てきます。
脳のシグナルには、まだ見えていない情報がたくさんあります。 深部のハブが意識を支え、カフェインが眠りの深さだけを静かに削っていたように、体感では気づけない変化が、脳波にははっきり残っています。 瞑想中・集中中・リラックス中、それぞれの状態をあなた自身の脳波で記録していくことで、「ゾーンに入る瞬間」が少しずつ見えてきます。
自宅で簡単に脳波計測しながら瞑想。科学的に正しい瞑想で数値化・習慣化。










